6月定例会と「スローシャッター」という残像たち

皆さん、こんにちは!

「川崎つながろ会」の杉田どぇす。

梅雨に入ってすっきりしない天候が続いておりますが皆さんいかがお過ごしでしょうか。

また、新型コロナの流行が9派目に入ったとの報道もあり、これから夏を迎えるというのにすっきりしませんよね。

そんな中、我が事務局スタッフ兼相談役のAさんがご懐妊との報告があり歓声が上がりました!

Aさん、おめでとうございます!

何かと不穏なニュースが多いこのご時世ですが、まずは元気よくこの世界に降り立ってほしいです。

 

さて、それでは6月17日に行われた「川崎つながろ会」6月定例会のご報告です!

 

1.参加者

当事者:5名(ALS:4名、MSA:1名)、当事者家族・親族:2名、介護職:3名、医療職:1名、看護学生:5名、事務局:3名

 

2.近況報告

看護学生:当事者Sさんを家からサポート。スポーツサークルの活動でへとへと。

当事者Sさん:野球観戦、エンゼルス・大谷選手のホームランが楽しみ。7月は看護大に授業に行く。

当事者家族Sさん:土屋と近所の重度訪問介護事業所からヘルパーに来てもらえる様になり仕事を再開。当事者Sさんの靴をロコンドで探す。

事務局Oさん:WBCのドキュメンタリー映画を観て泣いた。結果が分かっているのに泣いた。

事務局Aさん:妊娠5か月、11月出産予定なの。

看護学生:広瀬すずが好き!映画の舞台あいさつで見た!『水は海に向かって流れる』はあまり面白くなかった。『怪物』は面白い。

看護学生:ついに待望の一人暮らしを始めた。

看護学生:バイトの面接に行った。

看護学生:大学の文化祭準備中。10/8来てね!

看護学生:ヘルパーとして杉田どぇすに同行。

杉田どぇす:座位の呼吸が浅くなり呼吸器を調整中。呼吸が浅くなると痰が出難くなり外出が難しくなる。

介護職Nさん:子供が生まれて二か月経った。

当事者Aさん:不随意運動を抑えるための薬を調整中。胃ろうをバンパータイプに交換する。

髙野会長:暑い!国立精神(・神経医療研究センター病院)に検査に行った。呼吸機能は変わらず。LICトレーナーの効果であろう。

奈良原(髙野会長ヘルパー・ピン芸人)さん:また、例の広告を出す画策中。

医療職:障碍者団体の講演に参加していた。義理の両親が来るので掃除。

 

3.お悩み相談

Q.気管分離しても唾液の吸引が必要なのは何故?

・唾液を飲み込めないから。

 

Q.電車で車いすの人が降り難そうだったが声をかけられなかった。どうするのがよいでしょか。

・基本的には駅員が迎えに来るし降りられるはずだが声をかけサポートしてもらえると喜ぶはず。

・妊婦の様な女性、お婆さんの様な女性の様に悩む必要はない。

 

注:リハビリや療養生活に関することは必ず医師や看護師などの医療者や、
作業療法士、理学療法士、言語聴覚士などの専門職の方と相談しながら進めてください。

 

 

4.バスハイク

・9/23で申し込む。(事務局)

 

5.事業者リストインタビュー

・事業者リストの拡充の一環でインタビュー記事を載せたい。学生にお願いしたい。

・最初のターゲットは武知先生、小泉さん、濱口さん、竹田さん(川崎市)、土屋訪問介護、アサヒサンクリーン(訪問入浴))。

・土屋受けて立ちます。但し教育的意味も考慮し通常窓口からアプローチしてね。

・3人くらいのチームで行くのが良いんでないかい。

・夏休み早めに1年生にやってもらおうと思う。

 

6.毎度寄付金を頂いている会社のCSR活動事務局からコラボ企画をもちかけられた。

Wheelogが良いと思うがどうでしょう。

・WheeLog内では外部の団体などとの関係性をグループごとに分けており、川崎つながろ会は「フレンズ」というグループに該当する。

というわけで、協力してもらえるだろうとのこと。一度で終わらせるものではないので是非。Wheelog事務局には連絡しておくべし。

・富士通のWheelogに参加した。

・富士通はWheelogのゴールドスポンサー。

 

7.新薬の話

・パーキンソンの治療に使われているロピニロールのALSへの適用についての講演に参加した。エダラボンと比べ4~5倍の効果が出ている。

これからphaseⅢ。慶応大学岡野先生がクラウドファンディングで資金調達。

 

以上、定例会のご報告でした。

 

次回定例会7月16日(日)です。

オンラインとのハイブリッド開催なのでどなたでもお気軽にご参加くださーい。

では7月にお会いしましょう!

 

 

 

 

 

 「旅」

 

いったいどんなものを皆さんは想像するだろうか。

 

史跡や景勝地をめぐること

家族や友人など気の置けない人たちと非日常の時間を過ごすこと

その土地のおいしいものに出会うこと

きっと様々な「旅」があるでしょうね。

 

私にとって「旅」と言えば、まずは1978年7月(8歳)の富士登山。

おそらく生まれて初めて家族と離れて知らない土地へ行ったのがこれです。

雲の上に出た時、頂上に立って噴火口を眺めた時、富士山での思い出は強く残っていますが、

同じくらい強く印象に残っているのが、翌朝、宿の周りを裸足で散策したこと。

少し湿った夏の早朝、湖畔の森の中は木漏れ日と鳥のさえずりだけ。

空気はひんやりしていて、火照った足裏に伝わる石の冷たさが気持ちよかった。

 

そして1985年8月(15歳)の和歌山の白浜。初めて友人とだけの旅で鮮明に記憶が残っています。

後日談も含め、めちゃくちゃおもろかったなぁw

 

こうして振り返ってみると「旅」ってやっぱいいですよねー。

知らない土地では自然と気持ちも昂って、しょーもないことで大笑いしたり、なぜか事件が起こったりw

楽しい思い出がいくつかありますが、何と言っても印象深い「旅」は

1991年9月(21歳)の北海道への1人旅です。

 

この翌月の10月から就職が決まっていて「当分遊びは封印」と決意しての「旅」でした。

若者と言えば「金はなくとも時間はある」という常套句通り、私もご多分に漏れずそういう状況でしたので、

大阪から「雷鳥」に乗って日本海の「舞鶴」へ。そこからフェリーに乗り日本海を北上。

約30時間の雑魚寝船旅を無事終え、北海道は「小樽」に到着し北海道初上陸を果たしたのでした。

ちょっと調べてみたら今は舞鶴~小樽間が20時間ほどなんですね。10時間も短縮されてるなんておどろきです。

 

32年の時の流れを感じますわ。

 

初日は小樽から余市(よいち)まで電車で移動、そこから積丹半島の古平(ふるびら)というところまで、

ダンプのお兄さんに「乗っていくか~?」と声をかけられながらも歩き続けました(お兄さんありがとー!)。

「積丹半島の海岸線を行けるところまで歩く」

それがこの日のテーマ。

途中この約4年半後に、崩落した岩盤2.7万tが直撃し、通行中の車両に乗っていた人たちが犠牲になった「豊浜トンネル」も徒歩で通りました。

この災害の影響もあって、私が歩いた海岸沿いのいくつかの道が現在は廃道になっています。

右に見える道(立岩覆道)は現在廃道。その奥にそびえたつ槍のような岩はセタカムイ岩。 手前のエイリアンの卵みたいな岩が立岩(たていわ)。 これは現在廃道になっているところから撮影しているので この構図の景色はもう見ることができない。 ちなみに、地元では「タデ(ィエ)ワ」という感じの言い方をするそうですよ。

 

バス待ちの間に地元のオネーサマに撮ってもらった一枚。 「こんななんにもないとこに何しに来たの?」 と不思議がられた若き杉田どぇす。 いやいや、凄い絶景とゆっくり流れる時間は日常では得難いものでしたよ。

 

最近の古平町。こうやってサクッと見られるのも32年前には想像すらつかないこと。ものすごい技術革新ですよね。つーか、変わってなくてよかった。

 

20km弱歩いて「古平」バス停(現在は「古平家族旅行村」)でタイムリミット。

行程のたぶん半分くらいが海岸線に沿って歩く絶景の気持ちの良い道で、薄曇りの肌寒い天候も歩いてる私にはちょうどよかった。

「行けるとこまで」で始まった最初の選択。この選択は正解だった。

 

ここからバスでまた余市に戻って札幌まで電車で移動。

この旅では極力宿を使わずに東西南北に走る夜行列車で睡眠をとる計画。なぜか。答えはシンプル。お金がないからw

そんなわけで次の目的地の網走行きの夜行列車まで数時間あるので駅のベンチでウトウト。

なぜ街を散策しないのか。お金がなかったってのもあるけど、まぁ街に興味はなかったんだよね(イキリ)。

 

そうしてダラダラしてるうちに発車時刻だ。もちろん、寝台車両なんかじゃなく普通車両。熟睡はあきらめざるを得ない堅さ。

途中旭川で2時間ほど停車するとのことで風呂へ。銭湯なんてすぐ見つかると思っていたがこれがなかなか見つからない。

結局タクシーに頼らざるを得なかった。

 

途中いくつかの駅に長時間停車しながら朝6時頃だったか、網走に到着。

見回してみてもなんもなさそうなので、緑がある方へ進んでいって散策。キツネおった。

この後、バスで美幌峠、屈斜路湖、硫黄山(アトサヌプリ)なんかを巡り散策。

そして美幌から旭川を経て稚内へ。

 

翌朝、稚内ではレンタカーを借りて楽しみにしてたサロベツ原野へ。なんもないのがよいね。からの宗谷岬。

そして夕方の船便で礼文島へ渡り、偶然友人と下船の時に鉢合わせ(行くというのは聞いていた)。

友人が泊る予定の宿にねじ込んでもらい久々に布団で寝ることに。

私は「行きゃぁどうにかなるだろ」と考え、宿はとっていなかったのだ。若いわ。

で、こっからどうしたんだっけなぁ…

覚えていることは、夜、周囲に全く灯りのない、奈良県在住で何か(アクセサリー的な)の作家さん所有の山小屋のようなところで、

宿泊客、従業員も含め、車座になってそれぞれの「青春の葛藤」とでも言おうか、そんな胸の内を語り合ってたこと。

それと翌朝、礼文島の半分くらいを歩く「8時間コース」を宿の人がガイドになり、私を含め5人を案内してくれたこと。

「せいかんそう」・・・この宿は場所移して今も旅人を受け入れている。これは多分8時間コース出発前。

この日に島を離れたのか、翌日だったのかはよく覚えていない。

一緒に歩いた人と、当時から使われていない礼文空港の滑走路から綺麗な夕焼け空を眺めた記憶があるので、多分もう一泊したんだな。

 

そして小樽へ。最後は天狗山に登り夕暮れの小樽の街を眺め、当時安くてうまいと有名だった「一心太助」で寿司をたらふく食って、

舞鶴まで33時間(どっかに立ち寄った)の雑魚寝船旅。

 

思えばこの旅は自分との対話の旅だった。

とにかく自分自身に話しかける時間がたっぷり過ぎるぐらいあったので、いろんなことを話した。

この旅は記憶がはっきりしている間に詳しくまとめることにしよう。

と、思った。

 

 

 

おっと。

 

ここで私の個人的な旅を披露してどうすんだw

 

そうではなくて、今回は書籍の紹介をするんだった。

 

そんなわけで

また「旅」に出たくなる、

いつかの「旅」をふと思い出してしまう、

そんな一冊の本を紹介します。

 

「スローシャッター」

 

こう言うのを紀行エッセイというのですね。

紀行エッセイと言っても絶景や川下りが目的の旅の記録ではない。

 

全部出張先なんです。そう、

お仕事。

ここ、ちょっと変わってると思いません?

出張と旅って似て非なるモノのように見えてしまいそうですが、

余暇を利用してどこかへ行く。

縛りがなく自由に行動する。

そういうのだけが旅ではない、ということに気づかされます。

普段生活している日常から遠く離れ、見知らぬ土地で見知らぬ光や風、誰かの日常に触れ、

共通している背景が「地球で人間として生まれ育った」だけしかない人たちと触れ合い、

なのになぜか分かり合えるものがあって共感し、絆のようなものが生まれる。

これは完全に「旅」ですよね。

 

「スローシャター」とはそういう「旅」の本です。

 

独特の切り口とか、表現がどうとか、そう言うのわからんけど、

著者のあったかい眼差しを感じる、めちゃくちゃ優しい本なんです。

著者の田所敦嗣(たどころあつし)さんは、主に水産加工品を扱う商社の現役商社マン。

商社マンと言うと自分なんか尖った印象持っちゃうんだけど、田所さんの私が勝手に抱く印象は朴訥そのもの。

それも読んでいただければお分かりいただけるはず。

その田所さんが、今も心に残る数々の残像から20篇を選択し、まとめています。

これ、元々はnoteというWEBメディアに記録として書かれていたもので、私もそれを読んでいました。

そこにはこの書籍に収録されていないあったかエピソードがたくさん書かれています。

noteの方もぜひのぞいてみてください。

 

すでに続編の話も進んでいる「スローシャッター」、続編も待ち遠しいですが、まずはこちらを!

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